地球人オタワに移動
さて、高校を卒業するころまでには、地球人は自分の得意な学科、不得意な学科が見えていて、文学系はどうも自信がなかったらしい。数学、物理、科学(化学)には、かなりの自信をもっていて、大学では科学を専攻することを決めていた。そこで彼は、取りあえず、大学入学前の専門学校をオタワの大学のPresience courseで学ぶことを自分で決意し、私に知らせてきた。
オタワで勉強を始めるということは、そく即ち、英語で大学前の専門コースを履修するということで、フランス語教育は一旦離れるということを意味する。しかし、勿論、オタワはケベックと連接しており、多くの人はバイリンガルだし、モントリオールの友人とフランス語を話すチャンスも多く、英語がメイン、フランス語がサブという、これまでとは正反対の二つの言葉の常用が始まった。
日本語と北京語の常用環境も続いており、これで専門的な英語による科学の語彙の強化もすることができ、理想的なコンビネーションとなっていった。
地球人は自分でアパートを探し出し、引っ越してから私に住所を知らせてきた。初めてのアパート暮らし。「足りないものは??どんなところだろう??」と心配になった私は、さっそく、大学の学期が始まる前の時間を利用して、オタワのアパートに出かけた。
案の定、まだそこらじゅう散らかっていて、足りないものばかり。このアパートの周りの環境はあまり覚えていないが、アパートの建物自体の古さは特筆もの。なにしろ、部屋からトイレに行く途中の廊下が、完全に真ん中が盛り上がり、(木の廊下が長年の乾燥により変形していた)かなり左に傾いている。
夜中にトイレに行くとき、部屋から出た途端、自然に体が斜めになって、あれよあれよという間にドドドドドと左の壁に激突。もう眠気も吹っ飛び、壁に手を支えながら歩いた思い出がある。多分古くて、相当家賃が安かったから、決めたのだろう。オンタリオ州の物価は、ケベックより20%ぐらいは何でも高いから、、、、。オット!!ガソリンは安かったかも。
地球人の胃袋を満たす為、そのキッチンに入ってみて驚いた。まあ、電気コンロ、冷蔵庫、マイクロウエーブオーブンは一応ある。しかし、キッチンテーブルは、反った床で壁の側がかなり低くなっており、完全に斜め。コーヒーなどを置くと、ツーッ!と自動的に動く。「オイオイオイ!!何もここまで倹約しなくても!!」と内心思ったが、地球人が自分で探し出してきたところだ。多分、学校に便利なところなんだろう。
そのマイクロウエーブオーブンは、本当に今でも忘れられない。中に温めるものを入れて、スイッチを回すと(といっても、つまみはとうの昔になくて、棒だけが出ている)、壁や辺りを揺らすような、物凄い轟音(オーバーじゃないよ!!)で「ガ~~~ッ!!!」と鳴り響く。
設定した時間の最後まで、凄まじい音が延々と家中に響き渡り、いきなりシ~~~ンと一瞬なってから、「チ~~~ン!!」と仏壇の鐘みたいな音が、人間を小ばかにしたように鳴って終わる。本当に印象深いオーブンだった。
今後、どこにどう行くか分からぬうちに、あまり家財道具を増やしてもと思い、取りあえず最低限の足りないものや、殺風景な部屋を多少温かくするために、飾り物や電気の笠などを購入し、少し居心地をよくしてから、私は台湾に戻った。
地球人はここでも、2年間のコースを1年で終えると自分で宣言して、履修科目を増やし、毎日忙しくやっていた。相変わらず、地球人はこのオタワの大学でも、ホッケーチームの仲間の練習などに加わり、楽しんでもいた。さすがに、大学の正選手にすぐになれるほど、カナダの大学ホッケーチームは甘くなかった。この大学のチームの試合観戦は有料で、一般の人が切符を買って入る程、セミプロだったから、、、。
ともかく、地球人は、やるといったことは、自分で自分にプレッシャーをかけるので、私はこの頃はただ、慰問に行くと、もっぱら胃袋の管理と、趣味のお付き合いをしていただけ、、、、。
地球人は18歳で、運転免許を取得し、すでにこの頃は、ポンコツ車を運転していたので、あちらこちらにドライブして、シネマにはよく行った。こうして、地球人のオタワでの、Presience courseは始まっていった。
Labels: 4。大学時代(含、秘話)


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