Saturday, December 27, 2008

語学留学と多言語強化の旅

さて、厳しい大学一年を終える頃から、地球人は海外旅行に大きく目覚めていった。もともと飛行機には乗りなれているが、留学後はただ、東京とモントリオールの往復が多かった地球人は、当時エクアドルに短期留学していた親友の元を訪れる時、モントリオールから、エクアドルへの往復に、ワシントンやマイアミなども途中見学しながら、ぶらぶら一人旅をして、初めて、旅の楽しさを本当に理解したらしい。

確かその時は、わずか300ドル前後の所持金しか持たず、貧乏な旅をした。クリスマス休暇を利用し、バックパック一つで、モントリオールからマイアミまでは汽車の鈍行にのり、のんびりとした旅をしたようだ。 あとで聞くと、結構私の一人旅と同じく、色々親切な人に巡りあい、助けられたらしい。

この親友訪問旅行で、旅の楽しさを満喫した地球人は、大学の授業のストレスもあったのだろう。「ねえ、俺、よく考えたら、やっぱり言葉を習うのって、本当に楽しいし、向いていると思うから、短期語学留学に行きたいんだけど、、、、どう思う???」と、訊いてきた。

ドイツに6週間。Kasselという耳慣れないところにある大学と、地球人が勉強している大学との間に、交換留学制度があり、ドイツ語の単位取得にもなるとかで、興味があるらしい。でも、終わってから、又掛け持ちで、スペインのRondaというところにある大学でも3週間、スペイン語を勉強したいという。「その両方、プラス、一人旅の軍資金を援助してくれないか??」という希望。

若いときの苦しい旅は、必ず多くのことを学べるから、勿論、私には異存がない。そこで、早速、地球人は、短期留学の手配をし、ドイツにむかった。そこで、地球人はトロントから留学していたカナダ人と友達になり、色々なところへ遊びにいったらしい。

この短期留学の旅には、もう一つの楽しみがあった。それは、私の兄夫婦と合流し、旅の案内をすることだった。6週間のドイツ語コースが終わり、スペインに向かう途中、地球人はパリのドゴール空港で、兄夫婦を迎え、すぐタクシーで、リヨン駅に向かった。(兄の記憶による)

リヨン駅前のレストランで、好物のかきをたらふく食べた地球人は、兄に言わせると、半ズボンのお尻が破れた、よれよれのジーパンを履き、浮浪者みたいだったという。

とにかく、地球人はほとんど「しゃれっ気」がなく、身なりを構わない。(まあ、今は社会人になって、かなりきちんとしているけど、、、。根は、おしゃれには、あまり興味がない。)いつも、「ぼろは着てても~~、心の錦~~~!!」とかいう、誰かの歌を、自分の主題歌にしていた。

この一行は、リヨン駅前のレストランに入って、「さて、これからどうしようか??」と相談を始めるまで、全く、行き先も何も決めていない、行き当たりばったりの旅だった、というのだからスゴイ!!

兄が地球人の意見を求めたところ、「パリなんて、ごみごみしていて、別に大して見るところないよ!!」という意見だったそうで、「それなら、いっそ、スイスの山でも見に行くか!!」と意見が決まり、リヨン駅から、汽車で、まず、スイスのジュネーブを目ざし、出発した。

ジュネーブに一泊した後、ユングフロー、ツエールマット、マッターホルンなどの、雄大な山々を眺めながら、途中3泊したそうだが、その時、兄が持っていたクレジットカードは、マスターカードだけで、使えるホテルがなかなかなく、ようやく見つけたホテルは、超豪華なスイートのみ。執事室までついた、3室続きの部屋しかなく、兄は泣く泣くそこに、大枚を叩いて、泊まったとのこと。

これは、よく聞くはなしで、日本では、結構幅をきかせているカードも、外国では使えない、というか、拒否されるものもあり、旅行する人には、要注意事項。まあ、別に、私はビザカードの回し者ではないけど、一番、どこでも使え、便利なのは、ビザカードだと思う。

この旅行は、兄夫婦は、まったく地球人という案内人に、言葉はお任せ。汽車で移動の時、前の汽車の脱線事故に遭遇し、途中で乗った汽車が止まってしまい、バスで迂回したりする交渉事などは、すべて地球人が全部、鉄道員に話を訊きに行き、解決したそうだ。

ジュネーブから、グリンデルワールドに向かう汽車の中では、最初はフランス語で話す人が多く、続いて、イタリア語に変わり、その後、ドイツ語に変わるなど、様々に変わる言葉を、地球人はじっと聴いていた。

そして、「ナンだ!!ほとんど同じだ!!」というなり、フランス語を話している人とはフランス語、イタリア語を話している人とはイタリア語、ドイツ語を話している人とはドイツ語で、べらべらと話し始めたらしい。そんな地球人を見て兄は、「こいつの頭の中は、どうなっているんだろう??」と、ビックリ仰天したそうだ。

その後、ベニスに一泊して、イタリアを楽しみ、そこで、地球人の兄夫婦へのご案内は終了。地球人は次の短期留学先の、スペインのRondaを目ざし、旅を続けていった。そして、3週間のスペイン語研修中には、色々なところへ遊びに行き、スペイン語やドイツ語を、実践的につかいつつ、旅を楽しんだ。

スペイン語の学習が終わってからは、ポルトガル、モロッコなども回って、カナダに戻った。地球人のスペイン語学習は、その後も続けられ、大学院の時は、メキシコや、中南米からの学生との交流で、大いに磨かれていった。

ちなみに1994年の夏、地球人によって決行された、ヨーロッパ短期語学留学、及び、ぶらり旅の訪問国は8カ国、主な訪問都市は、約30都市にも及んでいた。以下は本人の記憶に基づいての報告。

France (Paris),
Holland (Amsterdam),
Germany (Frankfurt, Kassel, Bonn, Koln, Berlin, Weimar, etc......),
Italy (Venice, Firenze, Rome, Pisa, Sorrento/Capri Island, etc......),
Switzerland (Geneva, Zurich, Altendorf, Zermatt, Jung Frau Joch, etc....),
Spain (Madrid, Malaga, Ronda, Sevilla, Barcelona, Marbella, Algeciras, etc.....),
Morocco (Tangier, Fez),
Portugal (Lagos, Lisbon, Porto)

今、地球人の履歴書には、特技として、「言葉」とあり、「流暢」として、5ヶ国語。「中級」として、3ヶ国語を列記しているが、これは偽りのない真実だと思う。これからも、大切に、この特技を守り続けてほしいと願っている。

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