Wednesday, January 14, 2009

テツママ生涯最高の日

さて、大学院での研究、スポーツ、音楽活動、スペイン語強化(中南米からの学生との交流)などに、忙しい毎日を送っていた地球人も、すでに博士課程に入り、残すところケベックでの大学院生活もあと僅かとなってきた。しかし、あと僅かかどうかは、博士論文審査に通るかどうかということが、大きな鍵を握っていた。

そのころには、担当教授のお蔭様で、多少論文も手がけていた地球人は、いよいよ最後の仕上げの博士論文作成準備に入っていった。勿論、論文を書き始めるには、地道な実験の繰り返しで、結果を得てからでなければ書けない。

このころ用事で研究室に電話しても、なかなか話してもらえる時間がなかった。「今、実験中!!あとで電話する。」というのが、この頃の地球人の決まり文句になった。

地球人が博士課程に入った頃、夫は我が家の前庭に、新しい飾り門を創った。それは、すべて手づくりで、天辺の両端が斜めに天に向かって上がるように削られていて、門の中心には、家族繁栄の意味の漢詩を、自分で彫って、入れていた。

夫曰く、「今の我が家の入り口の方位より、この飾り門の方位の方が、テツの運勢をさらに強くすると、昔、香港の有名な占い師に言われたことを思い出したから、飾り門を創って、方位を変えてみた、、、。この家はテツの名義だし、、、、、、。」とのこと。飾り門の完成を記念して、珍しく、家族3人プラス愛犬で、写真を撮った。

2002年の秋。地球人の博士論文作成は、追い込み段階に入っていた。博士課程の3年目の冬、地球人は、ついに、卒業論文を完成し、学内、学外の教授の審査を受け始めていた。2003年2月7日、まだ雪深く、寒い一日、地球人は私に、研究室がある病院の講堂で行われる、博士論文の公開審査会場に来るよう、誘いがあった。

カナダの大学院の博士論文最終審査は、一般の人々にも公開して行われることすら知らなかった私は、どんなことが行われるのか、皆目、見当がつかなかった。生憎、丁度何かの用事が重なっていた夫の代わりに、地球人の親友達とともに、遥遥250キロ離れた病院へと向かい、午後2時から始まる予定の、地球人の博士論文公開審査会場に入った。

講堂の正面には大きなスクリーンがあり、向かって左端にスピーチ用の演壇。地球人の論文公開審査が始まる午後2時頃には、会場は知らない顔の聴衆で、一杯になっていた。主に、病院関係者と大学の関係者らしい。段々、不安感が込み上げ、地球人より、私の方が興奮してきた。

ケベック省、癌研究センターから、審査を担当する教授が一人、他の医大から審査を依頼された教授が一人、学内から審査を依頼された教授二人が静かに審査員席に着席するころには、満員の聴衆に囲まれ、私は本当に胸がドキドキしてきた。 すでに、昨年末には、論文パスの内定は知らされていたそうだが、いよいよ、正式な最終審査が始まるのだ。

地球人は落ち着いていた。(少なくとも私よりは、、、。そう見えた。)軽い挨拶から、すぐに論文の要点をパソコンから大きなスクリーンに映し出し、実験結果や研究結果を、淡々と英語で報告してゆく。約30分程のプレゼンは、チンプンカンプンで、さっぱり私には分からなかった。

プレゼンが終わって、続いて審査の先生方との、論文内容に関する、質疑応答が始まった。地球人はこの質疑応答に、英語とフランス語で対応していた。ある教授は、フランス語の方が英語より話しやすかったらしい。

約20分程の質疑応答が終わると、4人の審査教授がおもむろに立ち上がり、全員で結果を審議するため、別室に消えた。戻ってくるまでの10分ほどは、本当に長く感じられた。他の教授を従え、戻ってきた主任審査教授は、笑顔で地球人の方に手を伸ばし、「おめでとう!!貴方の論文は、審査教授、全員一致でパスしました。」と、握手を求めた。

握手をすませ、お礼を述べた地球人は、又、プレゼン用のスクリーンに、映像を映し始めた。これまでお世話になった指導教授、関係者、研究室仲間への感謝の言葉とお礼。この審査を担当してくださった、すべての教授へのお礼の言葉も、映し出された。

そして、最後の最後に、スクリーンに映し出された映像は??、、そう!!あの、自分の為に、父親が手づくりで創ってくれた、我が家の前庭の、飾り門の前で、並んで撮った家族写真。

映像が写ると、堂々と私の方を見つめ、「実は今日、この会場に母が来ています。家族のサポートなしでは、決して、この論文は生まれませんでした。心から感謝したいと思います。」と、英語で、私にもお礼を述べた。最後に、「かあちゃん!!ありがとう!!」という、日本語での、いつもどおりの地球人の、おどけた挨拶も添えて、、、、。

会場の前の方に座っていた人々は、ワザワザ、中ほどに座っていた私の方を振り向き、笑顔で拍手を送ってくれ、すぐ後ろのほうに座っていた人々は、私の肩を叩いて、祝ってくれた。会場は割れるような拍手に包まれた。

こんなに、深く感動する日が、この私の身に、訪れるなんて、、、、。泣き虫の私は、深い感動に堪え切れず、思わず大粒の涙をこぼし、すべてがボ~~ッと霞んで見えた。その後、私は会場から去る前にワザワザ、「おめでとう、おめでとう!!」と温かい声を掛けながら近づいてくる、多くの見知らぬ人々から、握手を求められた。その後、地球人の博士論文パスを祝って、病院内の別の会場で、研究室仲間による、手作りのパーティーが開かれた。

私はこのパーティに参加してくださった指導教授に、これまでの、5年間に渡るご指導を、心から感謝し、お礼を述べた。研究室仲間とも歓談でき、この日は、私の生涯で最高の、忘れえぬ、感動と感謝の一日となった。

それから2ヶ月ほどして、立派な表紙で、審査教授のコメントも添えられた、地球人の博士論文が出版された。フランス語のタイトルと、英語の前書きが書いてあり、論文が始まる最初のページは白紙で、右上に、「この論文を両親に捧ぐ!!」と、印刷されていた。またまた、新たな感動!!この本は、その日から我が家の、最高の宝物となった。

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4 Comments:

At January 15, 2009 10:04 PM , Anonymous Anonymous said...

初めてブログを眺めて”ああ、かーちゃんは幸せ者”だと痛感しました。良い息子を持って羨ましいです。家の子供たちに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいと思うのは私だけでしょうか。お孫さんにも立派な遺伝子が伝わっている事でしょう。

 
At January 16, 2009 5:40 PM , Anonymous テツママ said...

匿名さん

過分なお褒めのお言葉ありがとうございます。地球人は、実はようやく今年、社会人の仲間入りをしたばかりで、遺伝子を伝えるパートナーがまだ、、、。残念!!

 
At January 27, 2009 10:04 PM , Anonymous Anonymous said...

忙しくて読まない内にフィナーレとは。
貴女は幸せ者よ。誰だって良い子、優秀な子にと思うけど中々そう巧くいかないもの。
”夢破れて山河あり!”だ大多数なのにさ!
悔しいなあ。もう少し早くこの文を読んでいれば今頃は博士、そして近い将来ノーベル賞でも取れたのに!!!!!。

 
At January 29, 2009 5:47 AM , Anonymous テツママ said...

匿名さん、

コメントありがとう。

どこのご両親も、子育て中は、夢中。この私も、ふにゃふにゃした赤ん坊を実際に手に抱いた時、ああ、私は、この子の命と運命に大きな影響を与えるんだ、、、、と思ったら、感動と畏れの両方の気持ちが湧いてきた。どちらかというと、その時、貴重な子育てが、いよいよ今からスタートと畏れの方が強かったかな、、、。この感情を与えてくれたのは、まさに神の粋な計らい。そう、感じる今日このごろ。

 

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